心から愛せる人

「ねえ、由美、由美、呼ばれてるよ」
親友の美咲があたしの近くまでやってきて、あたしの肩をばんばん叩いてきた。
「ちょっとー、由美ちゃーん。
成績表他の人に見せていいのかなー?」
いたずらっぽくあたしに笑いかけたのは担任の体育教師、橋本だった。

やばい。
みんな笑ってるし、行かなきゃ。
「待ってー!ハッシー!」
「全く何考えてんだかもう3回も呼んだのよ」
「あ、ごめんなさーい、先生珍しくばっちりお化粧してるし、
そのネックレスもかわいかったから・・・」
「はい、はい、いつもはジャージばっかりですからねえ。
どうせ今日だけおしゃれしてるんですよー。、
はい、由美様体育頑張りました。
他の教科ももっともっと頑張ってくださいね」
クラス内がなんとなくあたしの方ばっかり見てきて、みんなにこにこ笑っていた。

次々と成績表が渡される。
あいつは?
ずーっとあいつばっかり見ているあたしがいた。
担任は、一人一人お疲れ様、頑張れ、もうちょっと遅刻減らせだのコメントを言いながら渡していく。

あいつは、カツヤは?

あいつの順番が来るまで、かなり待ったような気がする。
2分かなあ。
2時間くらいに感じた。

あいつは何て言われるんだろう?
ハッシー!あいつに何て言うの?
心の中でそればかり考えていた。

「はい、頑張り過ぎるくらい頑張ってるよ。
悩みあったら誰でもいいから相談しなさいよ、ね」

そう言われてカツヤは小さく頷いて自分の席に帰って行った。
あたしは思わず小さく溜息をついてしまった。

何であいつは笑わないの?
何だかほっとけないっていうか。
でも、あいつの漂わせる空気どこかに魅力があって、
かっこいいなんてそんな言葉ではちょっと似合わないけど感じるんだよね。
本当は甘えたいんじゃないかなって。

何で心開いてくれないんだろう?

あたしはカツヤの声を聞ける日を毎日毎日待っていた。
でも、ほとんどあいつはしゃべることもしない。
クラスメイトにもあいつとなかよしの親友なんて、いないんじゃないかなあ。

美術室には、通っているみたいだけど、いちおう部活に入っているのかなあ。
あいつは、美術部なのかな。

噂で聞いたんだけど、美大に進路が決まっていて、
授業が終わったあとは美術部に顔を出しているけれど、
特に下級生を教えるともなく自分のペースで絵を描いているらしい。
分からないことだらけだった。

昨日みんなでうちに集まってクリスマスパーティーをやった。
あたしは、チャンスだって思ったから、カツヤにも声をかけた。
「24日にね、クリスマス会うちでやるんだけど、どう?」
「来てみない?」
「みんな待ってるからさ、ケーキごちそうしちゃうよ」
って笑顔で言ったのに、あいつは何も答えなかった。
「じゃあさ、なんかあったら連絡して」
とあたしのケータイの番号とメールアドレスを書いたメモを渡してその場を立ち去るしかなかった。

昨日のパーティーはいちおう会費制ということにして、美咲に会計を任せていたんだけど、
もしカツヤがきたら本当にごちそうするつもりだった。

ホームルームが終わって、美咲が早速あたしのところにやってきた。
「ねえねえ、ヒカルちゃんがさあ、昨日お金持って来ないから今日さりげなく催促してみたんだけどー、
金ないとか言ってきてー、むかつくよー、どうする?
3学期入ったら年越しちゃうよねえ?」
「由美、催促してこなきゃあだめー?」
「もういいよ、ヒカルなんか誘わないから、うちで何かするって企画して、
あいつが来たいって言っても来ちゃだめって今後断って」
「何だよー?由美らしくなーい」
「そうかなあ」
「いっつも朝にこにこしながらカツヤ君とお話してるのに、
今日は何だか笑顔少ないよー」
「お話しだなんて・・・。あたしが一方的に話しかけているだけだよ。
それに、笑顔が少ないことだって、分かってるくせに・・・」
「由美諦めるの?」
「分からない」
「あたしさ、今日ユウタに呼び出されてて・・・」
「はいはい、いいですねえ。
あたしは知らない、何があっても知らない。一人で行ってきな」
「ねー、由美。ランチ付き合ってよー」
「いいけどー。あ、そうだ」
「ちょっとー、由美どこ行くの?」
「美術部の作品見に行くの、それにちょっとさっきメール入ってたしさあ」
「ケータイは、電源切らなきゃだめだよー」
「朝入ったのー」
「美咲頼みがあるんだけど、今日の日誌書いたから職員室に持って行っておいてくれない?
ね、じゃあね、あとでね」
今週はあたしが日誌を書く週だった。

今日は何を書いたかなんて憶えていない。
あたしはさっきホームルームが終了し、担任が職員室に帰って行ったあと、
ケータイがブルブル言い出してもうその瞬間、どきどきが最高になっていた。
だから、美咲の言ってることなんて、ほとんど頭から抜けていた。

たぶんあのケータイのブルブルは、あいつだろう。
けっこうまじめだから、連絡してきてくれたのかもしれない。
日誌を美咲に預けたあと人目のつかない場所に行って、早速ケータイを見た。
タイトルのところには、
「カツヤです」
という文字。
え?!本文は?
「昨日は行けなくてごめん」
だけ。やっぱり・・・。

あたしは、すぐカツヤに返事を送った。
「由美です」
「まだ学校にいるんでしょ?美術室の前で待ってます」


あたしはちょう加速度をつけて美術室に向かった。
何しろうちの学校は校舎が広いから、早く行かないとカツヤに会えないかもしれない。
あたしが走ってると、
誰かがとんとんとあたしの肩を叩いた。
振り向いたらその人はカツヤだった。
「ご、ごめんねー、今行こうと思ってたの」
「僕も行こうと思ってたから」
あたしたちは、美術室へとゆっくり歩いた。
そのあいだ、カツヤは何もしゃべらなかった。
それがいつものカツヤなのかもしれない。

慌てているのは、あたししかいない。
カツヤは自分のペースで普通の何ともない表情をし、歩くペースも普通だった。

あたしが落着かなきゃ。

美術室は誰もいなかった。
そして、暖かかった。
その温度であたしは少し落ち着きをとりもどしたような気がする。
「ここがカツヤ君のテリトリーなんだよね」
「まあ、いちおう」
油絵の匂いは、カツヤが慣れ親しんでいる匂いなのかなあなんてぼーっと考えていた。
「昨日は行けなくてごめん」
おもむろにカツヤが言い出した。
「そんなことないよ、あたしがかってに誘ったんだしさ。
メアドとケータイの番号教えてくれてありがとね、登録させてもらっちゃった」
「ああ」
「僕由美さんに言っておきたいことがあって・・・」
「なに?何でも言って」
「いつも話しかけてくれたりして、ありがとう。
でも、僕はもう人を好きになったりしたくないんだ。
だって、別れるのがすごくつらいことを知っているから。
だから、由美さんともみんなと同じように距離を置いていたんだ」
「そっか」
あたしは返す言葉がなかった。

カツヤは誰かと別れたことがあって、その寂しさをもう味わいたくないから、
だから誰ともなかよくならないのかな。
今カツヤが言ったことはすごく奥深くあたしの心に響いた。

「カツヤ君、あたしはどこにも行かないから。
カツヤ君のことなんて一生棄てないよ。
これだけは信じて。
ね、お願い。
この絵カツヤ君が描いたんでしょ?
いつも美術の時間にこればっかり見てるじゃん。
この絵のモデルさん誰だか分からないけど、すっごい立体的だし、何だかすんごい美人だよ。
そんないいとこたくさんあるカツヤ君を誰も棄てないよ。
クラスのみんなだって意外に話してみればいいやつばっかりだしさ。
卒業したら別れちゃうけど、一生友達でいられるんだから」

どうしよう。
うまく言えない。

「僕に話しかけてくれるのは、由美さんだけだ。
どうして?
由美さんみたいな女性なら、僕なんか相手をしなくてもいいのに」
「聞きたい?クラスメイトだから。
ううん、それだけじゃなくカツヤ君の事がすっごく気になるの」
「僕とまともに話したこともないのに?」
「そうよ。好きになるってことに理屈なんていらないでしょ」

しまった!余計なことを言ってしまった!
カツヤの表情がいつものけわしい表情になる。
せっかく、カツヤが話してくれているのに、あたしったら余計なことを・・・。


沈黙を破ってくれたのは、以外にもカツヤだった。
「聞いていい?」
「うん、なんでも聞いて」
「結局、いつかは別れなくちゃならないときってあるでしょ。
好きだけれどいろいろな事情があって別れるとか、好きだけれど会えなくなってしまうとかさ。
由美さんは、別れることが怖くないの?」

カツヤはあたしのほうをじっと見つけている。
こんなにカツヤに見つめられるのって、初めて。

カツヤってすごくきれいな目・・・。
そんなことを思っていたけれど、あわてて我に返る。

「う〜ん、そうだなぁ。
好きになって付き合っているときは、お互いが楽しいときでしょ。
そのときは別れのことなんか考えたりしないもん。
たしかに、別れることはつらいことかもしれないけれど、思い出として楽しい時間のことは残るでしょ」
「楽しい思い出か・・・。でも、別れてさびしい気持ちも思い出として残るよ」

「よし、わかった!」
あたしはカツヤにキスをした。
驚くカツヤ。


「もう一度だけ言うから、よく聞いてね。
カツヤ君、あたしはどこにも行かないから。
カツヤ君のことなんて一生棄てないよ。
あたし、カツヤ君と出会えて本当に嬉しい。
ありがとう、カツヤ君」
「ひとりぼっちなら、最初からひとりぼっちでいいんだ。
人を好きになって別れてからのひとりぼっちほどつらいものはない。
友達を作らなかったら、裏切られることもない。
だから、ひとりでいよう。そう決めていた。
でも・・・」

気がついたら、あたしはカツヤに身体を預けるように完璧に甘えていた。
カツヤはそんなあたしを抱きしめてくれる。
あたしはそのままカツヤの胸に顔をうずめてしまった。

「好きになっていいの?」
あたしは軽く頷いた。
そして、眼を閉じて愛する人の口付けを待った。
すっごく柔らかい唇があたしの唇と重なった。
あたしは、甘えた声を出してしまった。

「ありがとう、カツヤ君」
「ありがとう、由美さん」
カツヤが本当に愛おしい。
あたしは過去に遊びで男性と付き合っていた経験がある。
今回のことで、カツヤを、心から愛せる人だと思った。
カツヤに、抱きしめられたときの暖かい感覚と幸せ、
キスしたときの本当の幸せを教えてくれたのはあなただよ。

唇の感触がいつまでも残っていた。
きっと忘れられないだろう。

これからも、いろいろあるね、きっと。
だけど、今日の幸せをどこかに封印していつもいつも完璧にカツヤを思い出せるようになりたいな。
会えない夜とか。

カツヤの手の感触、唇の感触。
心の中のフィルムに入れておこう。



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