キラリとひかる 第1話

「ハックション!
ああもう、やだなあ、もう3月かよー」
あたしは、会社に行くために出勤の準備して、
メイクしてたら、くしゃみがすんごい出ちゃうことにすっごいむかついていた。

ファンデーション?何でこんなもの塗らなきゃいけないのよー。
鼻水が出ると肌もおかしくなっちゃう。
お化粧なんてしてたら、余計よ。

何とか出勤準備を終えて、ちょっと遅れ気味だけど、電車に駆け込んだ。
もっといいマンションないかなあなあんて考えてたら、目的の駅に到着してしまった。
会社に着くと、あたしの心のスイッチをオンにしなければならない。

あたしは全盲で、全く色も光も見えない。
けど、いちおう何とかこの会社に入れて、仕事をしている。
やってることは、
IT関係って言えばいいのかな。
あたしの会社は美容系の会社だ。
ここに入社できたことは、もったいないくらい嬉しい。

でも、
「パソコンがおできになるようですから・・・」
と言われて、なれないパソコン使ったり、電話応対をしたり、
そんなことばっかりやっている。
今はこの会社に夢も希望もなくなってしまった。

「おはよう、あずさ、今日は猫背だよ」
「あ、あや子、おはよう」
すんごいストレス溜まってるのは一緒に入社してきた彼女には
ばれてしまったみたいだった。

鏡に向かってパウダー叩いとくかなと思って、
いやあなOLの溜まり場になっているトイレにいたのが偶然あや子にみつかってしまった。
「ねえねえ、新製品出たんだよ。
アズサのところにも金曜日に社員割引のお知らせ来なかった?」
「あ、そういえば・・・」
「だめじゃん」
あや子にぽんと肩を叩かれた。
「先輩がネットで買うようにうるさく言ってたでしょ?
どうすんのよ、問い合わせの電話来たら」
「あや子、どうせあたしにはどれだけ頑張って使ってもね、
お客様からの問い合わせに答えてくださいなんて、
大塚先輩が言う訳ないでしょ?」
あや子は、落胆しているようだった。

あたしは、ああまずかったなあと思ってももう遅い。
「アズサ早くデスクに着かないとだめだよ」
とあや子に言われ、デスクに連れて行かれた。
その日の問い合わせは、受けたくないような電話ばかりだった。
いつものように電話してくる訳の分からない主婦。
対応できないからどうしましょう?
とあや子に相談したり、先輩に相談したりすると、
決まって眼が見えているあや子とか他の人に電話を回される。
どんな問い合わせがあったかどうかは、きちんとパソコンで管理していなければならない。

入社して、1年過ぎようとしているのに、
あや子は、問い合わせの電話に出ている。
しかし、彼女が一番会社の中では、あたしのサポートをしてくれている。
上司のぐちも聞いてくれているのかもしれない。
もう何が何なのか訳が分からなくなっている。

その原因は、もう一つあったのだ。
それは、いつものようにランチタイム。
あや子が気を聞かせて、OLさんがよく行くというリーズナブルなレストランに
連れて行ってくれた。
「ねえ、クリームっぽいパスタすきでしょ?
蟹が入ってるのに、ドリンクとデザートまで付いて、800円だよ」
と言われ、いろんなパスタがあったけど、蟹のパスタを食べることにした。
「ここドリンクバーだ、何がいい?」
「うーん、今日はウーロン茶にしとくよ」
「アズサの様子おかしいよー」
と言いながら、彼女はドリンクをゲットしに行った。

そういえば、あいつと昨日蟹を食べたような気がする。
ええと、どんな感じの料理?
って聞かれなくても、サラダに三つ殻のまま入った蟹がぱっと頭に思い浮かび、心に描かれた。
「まあいっか!」
独り言を言ってみる。
「持ってきたよ」
「ねえ、あや子、思い出したんだけど、昨日居酒屋でさあ、蟹サラダ食べたんだよね」
「早く言ってよ、もう別なおすすめもあったんだからー」
あや子がいろいろと気を回してくれているのが分かった。
きっと、あや子は、あっちこっちそわそわしていろいろな場所を眼で追っているのだろう。
と、なんとなく思った。
「でも、蟹パスタはおいしいよ、きっと」
とあたしが言うと、
「やっぱ様子おかしい」
とあや子がいう。

パスタを持ってきたお姉さんはすごく明るい人っぽかった。
この人も、何気ない顔をしているけれど、
いろいろあるのだろう。
パスタとウーロン茶とアイス、どんな味がしたのか憶えていない。
そして、午後の仕事では、上司に嫌味たらたら言われるし。
同じ問い合わせがどのくらい来ているかのデータくらいもっと早く作れって言ってみたり、
そんなにあや子さんとか他の人とにこにこしゃべってるくらいなら
もっと仕事しなさいって言われてみたり。

仕事があまり回ってこないのだ。
いや、回ってきても、こなせないであろう。
でも、いいんだか悪いんだか、定時で帰れる。
あや子は、残業多いみたいだけど。
あたしもPC勉強すれば、もっと自分でいろいろ考えて、いろんなデータを作って
先輩たちの評価も上がるだろうに。
帰ろうと思ったら、急にお腹が痛くなってきた。
「アズサ、今日は帰れるんだ」
あや子がやってきた。
「う、うん」
「顔色悪いよ」
「あ、ええと、お腹が・・・」
と言って思わず立ち上がると、
「ちょっと待った!」
とあや子が小さく囁いた。
「スカートも椅子もこれじゃあだめ、あれだよあれ!」
あたしは、はっとした。
いちおう生理用品は、持ち歩いていた。
でも、これじゃあどうしようもないということに、立ち上がってから気がついた。
医務室に行った。
あや子が、
「ナプキンちょうだい」
と言うので、
一つ取り出そうとしていたら、
貧血になりそうになった。
気が遠くなった。

眼の前にあいつがいるような気がした。
「顔色悪いよ、本当に大丈夫?」
と、あや子が言いながら、
「かわいい、これに生理用品だなんてもったいないよー。
ああ、このブランドね、彼から貰ったのって」
とにこにこ笑いながら、あたしをベッドに寝かせてくれた。
あたしはあいつのことを思い出していた。
あいつのことしか、考えられなかった。
できれば、生理なんて来なきゃいいのにって思った。
このブランドはかわいいけど、使うのが複雑で、ずーっと持ち歩いてはいたものの、
存在を忘れようとしていた。
あのころ、
「ブルーな日も、ハートマークでにこにこ」
なあんて言ってたころが懐かしいと思った。
彼に愛して欲しくて欲しくてしょうがなかった。
不安な日々を支えてくれたはずのこのハートマークの入ったポーチもいつのまにか、
手に触れると胸が痛むようになった。
一生懸命選んでくれたんだろうなあ。
それが嬉しい。
そう頭では思っていたけれど・・・。
貧血でどうにかなっちゃいそうな気持ちなのに、全然休めなかった。

あいつと出会ったのは、小学校6年生だったかなあ。
あたしはまだ12歳のお子様だった。
あいつは、ちょうおとなな19歳だった。
あたしたちは、盲学校で一緒になった。
あたしはあいつが卒業するかしないかってときまでなかよく遊んでいた。
学校が遠かったから寮に入っていたのだ。
あいつは憧れだった。
やさしかったから。
強かったし、他の先輩よりかわいかった。
男なのに。
中学のときはよく相談に乗ってもらったなあ。
っていうか、あたしが進みたい道を誰も理解してくれなかったときに支えだった
のがあいつだった。
でも、まだ恋仲ではなかった。
彼は、針灸マッサージを勉強し、あたしは、一般の高校と大学を卒業し、
今の会社にいる訳。
あいつは、マッサージの世界で働いているけれど、あたしとは、ずーっと友達やってて、
いつのまにやら、彼に本当の恋愛感情を抱くようになった。
二人で食事したり、飲みに行ったり、カラオケボックスで歌わずに
しゃべったりすることが楽しかった。

カラオケボックスでいつものようにおしゃべりの途中、あたしはおもいきって、
「ねえ、ポッキーゲームしない?」
と彼に言ってみた。
彼は、びっくりしてたみたいだけど、結局最後までキスしちゃった。
あんなにまじめで、まっすぐな人がキスしてくれるなんて思わなかった。

あれから半年くらい過ぎたのかなあ。
あいかわらず、彼とは、月に2回程会っている。
不器用だけど、まじめな彼。
嫌いじゃないけど、何かが・・・。
あたしが淫らなだけ?

そんなことを考えているうちにまたもや気が遠くなった。
あたしはマンションで一人で住んでいて、
父と母は、仕事の関係で、アメリカに行ってしまった。
そうとう悩んだらしいけど、うちにはまだ受験生がいたり、
勉強中の人がいたりして、どうしても、駐在しなければいけないのだ。
一緒にあたしもついてこいって言われたけど、
かっての分からないアメリカになんて行きたくなかった。
とりあえず、会社から近いマンションを借りている。

「アズサ、顔色よくなったね」
「アズサちゃん、教会の吉田ですー、よかったー。
アッチャン、教会の正子です、一緒に帰りましょうね」
と言われて、何だか急に涙が出てきた。
「どうしたの? まあ車に乗りましょうね。
あ、その前にアッチャンお金持ってる?
ごめんなさいね、あたしお金も持たずに来ちゃったのよ」
あたしは財布からあや子にお金を払った。
いろいろと買ってきて、着替えさせてくれたから。
「あ!」
あや子と正子さんは、同時に言った。
「これ彼から?
ピンクでかわいいわねえ、
でも、ずいぶん高かったんでしょうねえ、
あとでお礼しなきゃ」
吉田牧師夫妻は、親代わりなのだ。
こういうときにアメリカに連絡したってしょうがないし。
お腹は、家で座薬を入れたら落ち着いた。
正子さんがうどんを作ってくれた。
ふうふうしながら食べた。
汚れた物は、正子さんが洗濯したり、クリーニングに出したりしてくれた。

やっと落着いたかなあってときにぴったし9時半。
あいつからの電話だった。
「あ、もしもし、ナオト?今日はさあ、会社でぶっ倒れちゃって、
正子先生たちがきてくれたり、
職場の子が何とかしてくれていろいろ大変だったのよー」
「何だよ、そういうときくらい想像して準備してけよー。
全く血のついた下着他人に洗わせるなんて最低だよ。
まったくもう、今後気をつけるように」
「気をつけるけど、吉田ご夫妻は、親みたいなもんなのよ。
だから今通ってる婦人科も紹介してくれたのー」
「まったくわからねえなあ。
それに、おまえいろいろヘルパーに頼みすぎてるんじゃないかー?」
「そんなことないってー」
「できることはやってるし、ぐあい悪いときはやってもらってる」
「だから、その精神的に憂鬱なんて何とかなるんだよー」
「ちょっと過敏なだけよ、あたしの神経はね。
でも、そろそろ転職でもしようかなあって思ってるけど・・・」
「まあ、どうにでもしてください。
とりあえずまた貧血おこさないようにレバーでも送ってやるよあはは」」
「はいはい」
「ゆっくり寝るんだぞ」
「じゃあおやすみ」
「おやすみ」
明るく今日のことを話すあたしがいた。
心配かけたくないから。

あいつは、実家だし、あたしは正子さんたちの眼もあるから、
そうそう男の人と二人で家にいる訳にもいかないしなあ。
でも、あいつとの関係は大事にしたい。
だけど、いつなんだろう?
いや、汚らわしい。
だけど、夜インターネットをやってたら、
ちょうどオンラインになってる同じ視覚障害者仲間の男友達がいて、
なんとなく仕事のぐちとか言ったらちょうすっきりしている。
こういう夜が何度かあった。
今夜もだ。
たかひろ。
メールしたり、団体で、旅行したりしてるうちになかよくなったけど、同年代だ。
ぶっちゃけて話ししてしまった。
たかひろはやはり普通の会社でばりばりパソコンやってるらしい。
ちょっとくらい、浮気?しても?いい?
ばれなきゃいい?
それともやっぱり罰はあるの?
とか思いながらタカヒロの家に遊びに行くことにしてしまった。

「生理終わってるから大丈夫だよ、ねえねえあそこのホテルさあ、
すんごい安くて部屋も広くていいんだって」
あたしじゃないあたしが言ってるみたいだった。
あっという間に、日曜日が来てしまった。
駅の開札口で、タカヒロと待ち合わせした。
さすが、香水がいい香りだった。
とりあえず、お金をあまりかけたくないよねってことで、
タカヒロおすすめの出前をマンションで食べた。
タカヒロの入れてくれたコーヒーを飲みながら、ふわーっとなった。
こんなことしてていいのかなあ。

「やっぱホテルにしてよかったよ。
俺の家の風呂ってさあ、ゆっくり入れないし。
それに、いつかおまえとホテル行ってみたかったんだよ」
ホテルでは、楽しくお風呂に入って、
あたしの触れて欲しいところをタカヒロも触れてくれた。
「全盲どうしでも合う合わないがあるからさあ、いつでもぐちってきなよ」
あたしはタカヒロとジュース飲んだり、タカヒロは、ビール飲んでたけど。
「ここのラブホいいねえ、また行きたいねえ」
と言われて、何だか複雑だった。

タカヒロが触る手は全部、
ナオトだと思いたかった。
そうでないとやってられなかった。
体は正直だった。

結局、
行くところまで行ってしまった。

全部ナオトの手だと思わなきゃいけない理由は何なんだろう?
ホテルの代金は、タカヒロ持ちらしいけど、
さすがに夕食のイタリアンの代金は出した。

ナオトと一緒に行きたかった。
なんでそう思うんだろう?
お財布を出すとき、胸がきゅんとした。
家に帰ってもしっかり、定刻にナオトからの電話がある。
「おれ、今日卓球だったぜ、疲れたー、
ビールがおいしいよー」
というので、
「あたしは会社の子と一緒にだべってた」
初めてついた嘘。
胸が痛んだ。

ナオトを失うのは怖い。
そして、タカヒロがただの遊びだったら?
あたしはシングルになっちゃうの?
でも、こんなにいろいろ貰って全部棄てるなんてしたくない。
あたしは、選択をせまられるであろう。

ナオトはあたしを本当に愛してるから不器用なんだ。
そんなの、あいつと付き合い長いから分かっている。
ナオトにだって、欲望がある。
カラオケボックスで体が反応していたのをあたしは見逃さなかった。

選ばなければならない。
タカヒロと遊ぶ人生を送る、あるいは、タカヒロとお付き合いする。
それか、ナオトのところにもどるか。

結局今夜はもんもんとしてしまった。
明日からお財布を使うのが辛い。
だからと言って違うお財布を使うのも辛い。
だけど、
高い授業料払っていい勉強をした。
今日のところは、ナオトからの電話が嬉しかった。
暖かかった。

だけど、こんなに弱いあたし、どうなっちゃうの?

寂しいよ。
悲しいよ。
心と体を愛されたいと深く思った。
みんななにげなく仕事してるけど、いろいろあるんだね。
あたしもいろいろあるんだよね。
「ごめんね」
って言おうかなあ。
だけど、言えないよ。
でもね、
ナオトの毎日の電話、嬉しい。
いつの日か本当のナオトの手で癒して。





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