キラリとひかる 第2話

朝起きたら、
ものすごいいいお天気だった。
今日も会社に行かなければならない。

昨日のことは、もう忘れることにした。
いや、本当はそんなんじゃあすまされないと思った。

朝9時になると、電話がかかってくる。
電話を受けるなんて、とってもできないことだった。
何とかその日の仕事を終わらせて、
今日は一緒に働いているあや子の家に遊びに行く予定だった。
「帰ろうよ、
お母さんがご飯作ってくれてるって」
あや子が話しかけてくれた。

そして、電車の中では、化粧品メーカーの最近の新製品についてあや子に教わっていた。
「あたしだめなんだよねえ、
いっくら全盲だって言っても、もうちょっと色のこととか、人間の顔の作りとか
髪型のこととかもうちょっと学びたいんだけどなあ」
あたしがいうと、
「まあ、アズサにしかできない仕事回ってくるよ」
とあや子が答えた。



「で?
昨日のことってなあに?」
「あ、そうそう、実は浮気?
みたいなことしちゃって、
話し聞いてほしかったの」
「えー?
あんたがそんなことするの?」
「まあねえ、何ていうか、そのー・・・」
「あたしなんて大学時代はよく遊んでたけど、最近落ち着いたかなあ」
「え?あや子のばあいは?」
「心も体も寂しかったの」
「うわ、あたしと同じだ」
「まあ、家に入ったらゆっくり話し聞くわよ」


「ただいまー!」
「おじゃましますー!」
「あら、アズサちゃん久々ねえ、今日は誕生日だからゆっくりしてってね」
あや子のお母さんが出迎えてくれた。
ダイニングでご飯。
あや子の家は、家族の人もちょう暖かくてなんとなくすき。
話ししながら、煮物とかいただいちゃって、涙が出そうになっちゃった。
ケーキも手作り。
心がこもってるなあって思った。
「おいしい」
「どんどん食べていいのよ」
「アズサちゃん、ご両親は?」
「あ、まだ仕事忙しいみたいです、
母とはよくメールしたり、話したりするんですけど、父とはなかなか・・・」
「そうねえ、アメリカじゃあ時差もあるし、
ちょうどいい時間に電話ってことも無理よねえ」
「アズサ、お父さんとメールしないの?」
「するけど、父からは本当にときどきしか返信こないよ」
「実家に帰らないの?」
「帰っても兄と弟しかいないから一人で住んでた方が気楽」
「ふーん」
「さあてと、CD持ってく?」
「うん」
あたしは2階のあや子の部屋に行った。

「これでも聞いてヒーリングになったらなあと思って、
誕生日プレゼント、23歳になれてよかったね、おめでとう」
「ありがとう」
「さっきもケーキいただいちゃったし、何だかすんごいごちそうになっちゃった」
「で?昨日名前貸してほしいってメールは、ああいうことだったのね?」
「うん、実はメーリングリストでよく話したりする人とデートしちゃって、
メッセンジャーでしゃべってたらそういう乗りになってさ」
「ふーん」
「何だか今の彼ってさあ、両親の愛に似てるっていうか、
あんなに年が離れてれば無理はないし、大事にしてるからこそ、
あんまり軽はずみにすきだの愛してるだの言わないんだなあって思うし、
遊びだったら、すぐ食べられちゃうよね?
って言い聞かせてるんだけど・・・」
「なるほどねえ、
なんとなく分かるような気がするなあ」
「疑問沸いてきちゃって、
彼からあんなにいい物貰っても使うに値する人間なのかなあって」
「で?彼とはどうなのよ、
なかよくやってるの?」
「うん、なかよくやってるけど、胸が痛むのよ」
「ねえ、アズサ、隣のカップルは、よく見えるものよ」
「ふーん」
あや子のいうとおりかもしれない。

だから、別れるべきか悩んでいるのだ。
「ようするに、あんたは、欲求不満ってことでしょ?」
うわ!
こんなにはっきり言う女っていたんだ、なあんて思っちゃった。
「それもそうなんだけど・・・なんていうか、仕事のぐちとか言ってもさあ、
すっきりしないっていうか・・・」
「でも、あや子に聞いてもらえてよかった」
あたしは、あや子のお母さんの運転する車で、マンションまで送ってもらった。
今日はいい日だった。

バスタブにお湯を入れてゆっくり入りながら考えた。
あたしはこのバスタブに誰と一緒に入りたいんだろう?
それが分からなかった。
本当にナオトは、ほとんど経験ないのだろう。
キスしていて、分かる。
抱きしめられていて、分かる。
欲求は、あるはず。
それなりに誘ったら、
「こんどね」
とかはぐらかされて、それ以上のことは誘えなかった。
場所変えればいいんだけどね。

あ、そろそろ電話くる。
早く出なきゃ。
あ、こっちが電話する日だった。
「もしもし」
「もしもし、どうだい?少しはおとなになったか?」
「うん」
「まあね、いろいろ考えることもできるようになったし」
「今日は会社の友達とお祝いだっけ?」
「そうだよ」
なあんて、話ししながらあっと言う間に30分も過ぎてしまった。
「そろそろおやじたちも寝るころだから、切るよ」
「はあ、分かりました、じゃあ明日電話してね」
電話が終わったあと、なんとなくパソコンをオンラインにしていたら、
タカヒロがいた。
チャットやってたんだけど、
あまりにもあたしが辛そうにしていたから、
IP電話に変更して、文字でなく、肉声でしゃべってしまった。
ほとんどが仕事のぐちだ。
「彼氏に言えよな」
さすがにタカヒロにも言われてしまった。

うーん、何ていうか、迷惑かけたくないのだ。
いろいろ心配かけたり、考えさせたりさせたくないのだ。
だって、あたしが高校に入るときも大学に入るときも、心配かけている。
もちろん就職するときも。
けっこう考え込んじゃう人だし。
ああ、結局何のためにナオトと付き合っているのだろう。

自問自答する日々だった。

次の日曜日は、ナオトは、友達と予定が入っているみたいだった。
あたしはまじめに教会に行った。
吉田夫妻にもちゃんとお礼言わなきゃいけなかったし。
その次の日曜日、ナオトとやっと会える。

ナオトは、あたしと会う時間をどう思っているんだろう?
今更間抜けなことを考えていた。

予定はばっちりだった。
このマンションに来て1年。
まだまだいろいろな遊び場を憶えていない。
歩行も苦手。
料理もすきだけど、苦手。
健康体だけど、すぐに疲れてしまう。
仕事のストレスは、溜まっている。
結局、今回も教会でいつもおせわになっている会員の水野夫妻に
いろいろとあっちこっち地元を案内してもらうことになった。
いつものパターンなんだけど。
水野さんたちも家族のような人になっている。

それも、彼には分からないみたいだった。
でも、最近礼拝に来なくても水野さんたちにおせわになってもいいということを
理解したようで気を許しているみたい。
4人でランチして、その後カラオケ。
で、その後、迎えに来てもらって、居酒屋。
ああ、地元じゃなければなあ、電車に乗せてさえもらえれば、誰の監視もなく遊べるのに。

本当に企画しなきゃ。
ナオトとカラオケに入って、初めて今日やっと二人になれた。
外から見えちゃうのが悲しい。
カラオケマニアなあたしは、これでもかという荷物で、点字の歌詞カードを持ってきて、
この間あや子から教わったリモコン操作で、リクエストナンバーを入れて、
今日はがんがん歌っていた。

元気のないとき、悩んでいるときは、歌で散らすのが一番のお薬なのだ。
「おまえ今日はよく歌うなあ、いつもそんなにやらないのに・・・」
ナオトは、何か言いたげだった。
いつもとは、何かが違う。
いちおう義務のように抱き合ってキスしてみた。
これでいいのかなあ。
それが感想だった。

居酒屋で、
「あたし仕事辞めるかもしれない」
とぽつんと言うと、
「もったいないよ、
せっかくあんな大きな企業に入れたのに、
俺たちなんか入りたくても入れないんだぞ」
とナオトに言われる。
「だってー、毎日毎日眼の見える人との差を知らされてさあ・・・」
「それが分かって入社したんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「まあな、美容のことなんておれは分からないし、
おまえのやりたいようにやればいいよ」
「そうねー」
と思いながら、
何かがたりない気がした。

でも、いちおう居酒屋では、楽しくデートできたような気がする。
また今日も水野さんに迎えに来てもらってしまった。
そういうことが甘え?
家に帰って今夜もタカヒロと話しているあたしがいた。
気がついたら、ナオトの不満たらたら言っていた。
あ、これじゃあいけない。
と思ったときにはもう遅かった。

「プルルルルー」
けたたましい電話の音がした。
うわ、アメリカからだ。
「もしもし」
「もしもしお父さんだけど、変わりないか?」
「もうこんな夜に電話してきて、なんなのよー」
「いやあ、時間がないんだよー」
「あたしはー・・・」
と言って、ついつい言葉に詰まってしまった。
「元気ないんだろ?」
「病院は行ってるのか?」
「行ってないなあ」
「ねえ、お父さん、仕事辛いよ、辞めていい?」
「まあ、ああいう業界だから辛いだろうけど、喜んで入社したのになあ」
「おまえやっぱ今夜中だろ?
明日吉田先生にクリニック連れて行ってもらうようにお父さんから言っとくから」
「はい」
これだけ話すだけで、父との会話は終わった。

あたしは登校拒否してる時期があって、
そのときに心療内科に行っていたのだ。
そこに明日行きなさいと父に言われたのだ。
とりあえず、会社にメール出して、そのまま寝ることにしたのだが、なかなか眠れない。
眠ったと思ったら、朝が来てしまった。
吉田ご夫妻がマンションに来て、クリニックに行った。

懐かしいアロマの香りを嗅いでたら、涙が出てきてしまった。
他にも待ってる人はいた。
ごく普通の人だ。
1時間くらい待ってしまったけど、あたしの名前が呼ばれた。

あたしはもう辛いことを全部吐き出してしまいたかった。
一番なのは仕事のぐち。
あとは、結婚の不安。
彼とのこと。
さすがに、セクシャルなことはお話しできなかった。
先生は、ちょうフレンドリーな女医だ。
「あらー、何だかちょっと心の電池切れちゃったかな?
久々に見たらげっそりしちゃってるし、
充電したら?
何も急いで退職することないわよ、
そりゃあさあ、会社から連絡来たりしたら辛いかもしれないけど、休職したら?」
あたしの最近の様子をいわゆるうつというらしい。
「じゃあそうしてみようかなあ、
でも、診断書通るんですかねえ、
それとー、家にぽつーんとなったら辛いんですけど・・・」
「大丈夫。
診断書はうまく書くし、ここのクリニックデイケアをやり始めたから
ここにくればいいわよ」
「先生はおしゃれ楽しいですか?」
「あたしー?
楽しいわよー」
「あたしも会社のことばっかり考えないで自由に女性として、
おしゃれ楽しみたいです、
最近義務みたいになっちゃって・・・」
「大丈夫。
すぐにおしゃれしたくなるから、
でも、お薬は出すわよ。
きちんと飲んでもらわないとちょっと困るのよ」
「分かりました。
ありがとうございました」
「はい、それじゃあとりあえず今後のこととかあるから
診断書受け取ったら1週間後に来てね。
薬局行ったらお薬の飲み方ちゃんと教えてもらってね」
「はい、失礼しました」
何だかすっきりした。
あったかくて元気な先生。
夜の電話で、ナオトに報告した。
難しそうな表情をしているんだなあって思った。

ナオトとの電話の後はタカヒロと話す。
日課になっている。
「何だか大変そうだなあ」
「うん」
「何とかしてやりたいんだけど・・・」
「いいの」
「俺とりあえず明日大事なミーティングあるから今日早く寝なきゃいけないんだ
けど、おまえがそんなことならこんどの日曜日のオフ会行かない」
「あたしと会ってくれるの?」
「おまえが良ければ」
約束はあっと言う間に決まってしまった。
ナオトとは、どうやって過ごしたのか分からない。
ナオトも、何とかしてやりたいと言っていた。
ナオトの友達とかも一緒に呼んで遊んだりしたりして、あたしのことバックアッ
プするとも言ってた。
あたしはどっちに行けばいいのだろう。
二股かけているのだろう。

次の日、会社には話しをした。
辛かった。
辛すぎて憶えていない。
そして、4月から、1年は休職できそうだったけど、
上司がいろいろ言ってくるのがいやだった。

日曜日。
タカヒロと待ち合わせした。
あの駅で。
地元じゃないからいいよね?
正子先生たちの顔が浮かんだけど、
この間みたいにタカヒロの家に上がってしまった。
「コーヒーおいしい」
なんとなく呟いた。
「ねえ、アズサ、俺さあ、やっぱ耐えられないよ、
おまえに相談されるとどうにかして助けてやりたいと思っちゃうし、
この間のことは、彼氏いるのにやっちゃって、俺謝るよ、
ごめんな」
「いいの、あたしの合意のもとだったから」
「俺おまえのことほっとけない、
今の彼氏には申し訳ないけど、
おまえの心も体も全部好きだ」
そこまで言われてしまうと、あたしはぽろぽろ涙を流してしまった。

「おい、ごめんな、
何かいやなこと言ったか?」
「違うの、
あたしもタカヒロが頼りだった、
彼と電話したあと決まってタカヒロに連絡してるあたしが訳分からなくて・・・」
あたしたちは抱き合った。
そして、やさしいキスをした。
タカヒロとずーっと一緒にいたいと思った。

あたしは夕方になって、マンションに帰った。
「このキーホルダーも一緒に買ったストラップも、
あのころ無理やり洋服買いに付き合わせたら買ってくれたあのワンピースも暫く
見たくなかった。
あたしは9時ごろナオトに電話した。
「もしもし」
「あ、もしもし、今話せる?
大事な話しあるんだ」
「どうしたんだよ」
何も察していないような様子だったので、話しにくかった。
「実はあたしあなたと別れたいの」
「え?」
「好きな人ができちゃって・・・」
「そうか、おまえがそれで幸せになれるんだったら俺は何も言わないよ」
という彼の声は涙声だった。
そのとき、愛は言葉だけじゃないんだなあと思った。
しかし、後の祭りだった。

電話を切ると、
あたしまで涙が出た。
あや子に電話した。
「とにかくきて、お願い」
それだけ言った。
1時間くらい泣いていると、マンションにあや子が来た。
「ごめんね、急に呼び出したりして。
別れたの」
「え?」
「彼が浮気とか?」
「そうじゃなくて、あたしが他の人好きになっちゃって・・・」
「あらー」
「アズサ、お茶飲んで」
あや子がお茶を入れてくれた。
おいしかった。
さんざん泣き続けて、事情もあや子に話した。

あや子に、泊まってもらいたかったけど、そこまで甘えられなかった。
タカヒロにも連絡した。
「ごめんな、
辛い思いさせてしまって、
俺も1回同じ経験したことがある、
だから、おまえを辛くさせたくなかった」
「だけど、好きになっちゃったから・・・」
もう何を話したのかあまりその後は憶えていない。
とにかく、
あたしは罪悪感に苛まれていた。
ナオト、ごめんなさい、でも、こんどの彼を大切にします。
と心の中でナオトに言った。
ナオトに貰った物はとりあえず奥に手の触れないところに置いておこう。
辛すぎて見るのがいやだ。
だけど、本当にごめんなさい。
ナオト、ごめんね。
タカヒロと幸せになるから。
ナオト、あなたなりにあたしと幸せになる方法考えてたんだね。
やっと気がついたよ。
だけど・・・。
ごめんなさい。
ナオト、ずーっと友達やっててくれてありがとう。
恋人になってくれてありがとう。
同じ過ちは繰り返さない。
そう硬く誓った。
あとからあとから、涙が出てきた。
あたしは何でこんなにわがままなの?
生まれ変わったら、このわがままを何とかしたい。
ナオトとの恋は、お互い気を使って傷つけないように、
そんな風にしてばかりの
恋だった。
恋人は失いたくなくても、本音は話さなければならない。
そんなことを考えていたら、鳥がチュンチュンいい始めた。
そろそろ朝がやってくる。
ちょっとだけ眠ろう。
そして、3月の終わりまでは、とにかくできることから仕事をしよう。
また1歩おとなになったあたしが、
今日から出勤する。
4月からの充電までもうちょっと。
頑張ろう。
ナオト、うまく言えないけど、あなたにおとなの愛を教わった。
それは、無駄にしないよ。
そう心の中で呟いた。





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