「あれ?
もう時間?」
おもわず慌ててしまった。
もしかしたら、無意識に時計を触ってしまったのかもしれない。
7時にセットしといたのに。
そう思いながら、音声時計のボタンを押してみる。
「午前4時30分です」
ああ、またかー。
こういうの多いんだよなあ。
あたしはまた早く覚醒してしまったことが今日の憂鬱な日の始まりなんだなあと思った。
昨日タカヒロと遊ぶのは控えることにした。
そう決心したのだ。
あたしは大事にしてくれている彼氏、ナオトがいた。
しかし、愛されているはずなのに物足りない、
そんな勝手な理由で、ナオトから離れた。
そして、男友達タカヒロと体の関係を持ってしまった。
最初はナオトに嘘をついていた。
ナオトでは物足りなかった。
そして、タカヒロのところに行った。
あたしは親が仕事でアメリカにいることをいいことに
男と遊びまくっているような罪悪感を感じた。
ナオトと付き合っているのは、両親も知っている。
タカヒロは、メーリングリストで知り合った。
あたしは生まれつきの全盲だ。
色も光も分からない。
幼稚園は普通に行けたものの、小学生から中学生まで、盲学校に通った。
そして、実家から学校が遠いため寄宿舎に入社した。
先輩にたくさん遊んでもらった。
あたしが小学校6年生のときに出会った先輩がナオトだった。
ナオトも全盲だ。
あたしは12歳、ナオトは19歳、こんなに離れていても、
ナオトはあたしにすごくやさしくしてくれた。
ナオトは忙しかったはずだ。
盲学校の高校を卒業後、いわゆる職業訓練をする学科に入った。
ナオトは、
マッサージとか針とかお灸とか、眼の見えない視覚障害者が
たくさん勉強しているようなことをやっていたけれど、
あたしには何のことやらさっぱり分からなかった。
小学校6年生、あたしは体重がすごく軽かった。
ナオトに抱っこしてもらったり、ブランコで遊んだり、活発に遊んでいた。
ナオトはお兄さんみたいだった。
うちの家族は仕事をばりばりしていた。
時間がない、時間がない、で、
小さいころもそんなに遊んだ記憶はない。
寄宿舎の先生も遊んでくれたけど、ナオトの考える遊びは面白かったし、
一緒に上り棒に乗ったり、
逆上がりしたり、広い校庭を全盲二人スリル満点で自転車に二人乗りしたりして、遊んだ。
ちょっと小学校6年生にしては、甘えん坊だったなあ。
こうして朝早く起きるといろんなことを思い出してしまう。
あたしが中学に上がってからも、
こんどはちょっとおとなになったあたしが、
文化祭の企画をナオトと一緒にやったり、
寄宿舎の行事の話しをしたり、
そんなこともした。
どんな先輩よりもお兄さんぽくて、話ししやすかったなあ。
自分の兄よりも遊ぶことはどんどん考えてくれた。
あたしが登校拒否を始めたのは、中学生だった。
寄宿舎から土曜日に帰ってくると、待っているのは、仕事でくたびれている両親と、
塾に通ってくたびれている兄と弟だった。
そんな家はつまらなくても、父の知り合いの吉田牧師ご夫妻が来てくれるときは楽しかった。
あたしは吉田先生に学校に行くのがいやーな話しをした。
ときどき吉田先生の家に行っては、先生の娘さんとおませな話しをした。
それが何よりも楽しかった。
礼拝は、楽しいからこどもの礼拝に出たいと言うとあっさりオッケーしてくれた。
そして、中高生の礼拝に出た。
歌を歌うことだけが楽しかった。
遊んだり、友達を作るのが楽しかった。
べつにみんな洗礼を受けなくてもいいみたいだってことを知ったので、
暇なときに気軽に通った。
みんなを見ていると、
あたしに芽生えた希望が更に大きくなった。
「ねえ、パパあたし明日から我慢して盲学校に行くよ。
だけど、盲学校の高校には入らないからね。
みんなが行くような、見える人たちがいっぱいいる学校に行くんだから」
と半ば強引に言った。
パパもママもそれはそれは、大変だという感覚であたしを見ていた。
これは、ナオトにも話した。
だまって、
「頑張れよ」
と言ってくれたのはナオトだけだった。
ナオトとは、点字の手紙をこっそり渡して交換したり、電話したりしていた。
中学部は、死ぬ程辛かった。
頭がいい子ばかり先生はめんどうを見る。
あたしのような頭も悪いし、めんどうくさいことばかり言ってるやつのめんどうなんか
ほとんど見ない。
ナオトは結局、ナオトのことでせいいっぱいなときもあたしに手紙をくれた。
卒業しても、たまに一緒にコーヒーを飲みに行ったりした。
あたしは、中学3年で燃え尽きている感じだった。
クラスもレベルの低い方にされたり、原因は登校拒否児ということで、
警戒されていたのだと思う。
しょうがないので、寄宿舎を出て、自分で塾を探して、
親に強引に頼んで放課後は、学習塾に行った。
あたしは頭が悪い。
受験用の問題集を何冊もやらないと受験は受からない。
教科書を端から端まで読んでも、受験のこつが分からないとだめなのだ。
反対する担任を尻目に何とか1校願書を書いてもらった。
これで受かればいいのだ。
ランクなど今更どうだっていい。
そこの学校は受かった。
そして、一人進学した。
けっこう自由奔放にやってるやつとか、内職してるやつがいたりして、
びっくりした。
盲学校では、先生の数が多いためそんなこともできなかった。
友達もできたけど、何せすごい生徒数。
カルチャーショックだった。
盲学校でなら自分でできることも、
人がいっぱいいるし、時間もないから周囲の友達にやってもらうしかなかった。
もう高校のときは、盲学校疲れと高校のカルチャーショックで、
学校に行けなくなってしまったこともあった。
そんなときに、吉田先生が、
「顔色悪いし、ちょっとここの病院に行ってみたら?」
と言われて行ったのが、
最近また通院し始めた心療内科だった。
学校に行こうと思うとお腹が痛くなる、気持ちが悪くなる。
何だか急に胸が苦しくなる、原因はあるけど。
何回か通院しているうちに服薬をしているおかげなのか症状は治まった。
ぎりぎりで、高校を卒業し、大学に入った。
そして、服薬もしなくても大丈夫になった。
大学は、時間割が全員違うし、移動が大変だった。
ダブルパンチで、両親がアメリカに駐在になり、あたしは慌てた。
兄も弟も留学希望。
あたしは、もうちょっと大学の近くに住みたかった。
そして、何よりも吉田先生の近くに住みたかった。
両親が行ってしまってからは、吉田先生が親代わりとなった。
大学卒業後は、あたしの希望がかなって、美容関係、化粧品メーカーに就職することができた。
こうして、思い起こしてみると、
申し分のないライフスタイルだったのかなあ。
ナオトには、あたしが就職したころから恋愛感情を持っていた。
そして、忘れもしない8月の日曜日、何も歌わないけど、カラオケボックスに行った。
ナオトの様子がおかしかった。
何だか何か言いたそうだった。
「ねえ、昔おまえのこと抱っこしたよなあ」
というので、
「うん、懐かしいねえ」
というと、
「今抱きしめたらまずいことになるのかなあ」
というので、
内心、願ってもない話だ!と思った。
そして、
あとは、流れで抱き合ってキスをした。
これがあたしたちのおとなの付き合いの始まりだった。
ずーっと付き合ってきて、
ナオトが浮気をしてしまうのでは?
何かの都合で別れることになったら、
と不安はいっぱいだった。
でも、だんだん欲が出てきた。
あたしはナオトにキス以上のことを望んでいた。
でも、言えなかったし、誘ってくれなかった。
そんなときに視覚障害者がいっぱい集まるチャットとかメーリングリストで知り
合っていた、タカヒロと話しが合った。
そして、タカヒロと一時の幸せを得た。
しかし、それは、一時の幸だった。
いつのまにか、形だけやさしくしてくれるタカヒロに気が行っていた。
あたしがマンションで一人とは言え、教会の関係者が訪ねてきたりしたらまずいので、
タカヒロのところに通った。
たまにレストランに行ったりもした。
心のどこかで何かが満たされなかった。
いつものように日曜日、タカヒロに駅まで送ってもらって帰宅するとき、
ちょっとぼーっとしていた。
歩いていたら、
誰かがスカートに手を入れてきた。
そのときにいろいろなところを弄られた。
怖くて、声が出せなかった。
「やめてー!」
やっと出た声に近所の人が気がついてくれて、
警察呼んだり大騒ぎだった。
いちおう助けがきてくれて、ほっとした。
何かがたりないなあ、欲しいなあと心の中で思い、涙が出た。
お財布の中に入っている吉田先生の連絡先を見て、警察の人が連絡をしてくれた。
あたしは、現場の様子だけしゃべって、あとは震えていた。
吉田ご夫妻が来てくれて、一緒にマンションに入った。
胸が苦しかった。
とりあえずベッドに横になった。
そのときに会いたかったのは、ナオトだった。
「ナオトに会いたいよー!」
と叫びながら泣いていたような気がする。
「何かのときに・・・」
と言って、
置いておいたナオトの連絡先と住所。
吉田先生が電話をして、
ナオトも了解してくれて迎えに行ってくれた。
昨日は大変だった。
でも、ナオトが来てくれて、手をずーっと握って話しを聞いてくれた。
ナオトに謝罪した。
すごく都合がいいって感じ。
それなのに、ナオトはあたしとまたいつものようにお付き合いをしてくれると言ってくれた。
3月なのに、みんなで鍋を囲んだ。
おいしかった。
タカヒロとは、距離を置くことにした。
そうして、昨日眠ったのだ。
起きたらまだこんな時間。
最近こんなことがよくあった。
うつの症状らしい。
あたしは夢と希望を抱いて今の会社に入社した。
おしゃれをするのはあたりまえ。
綺麗にお化粧するのはあたりまえ。
うちの会社から出ているメイク物、ヘアケア、憶えていてあたりまえ。
うまく使いこなせてあたりまえ。
そんなのに疲れてきてしまったのだ。
会社に行くと、心のスイッチをオンにする。
家に帰ると、オフになる。
眼の見えない人が化粧品メーカーで働くなんて、
あたしのやりたい仕事なんて回ってこない。
電話をただとる。
回す。
コンピューターにいろんなデータを入力する。
そんなことしかできない。
もっと使いやすい化粧品、使いやすくてかわいい財布、洋服、
障害者にやさしい化粧品、
敏感な肌な人でも安く買えるかわいい化粧品のこととか研究したり、
製作の企画をしたり、
いろんなところにインタビューしたり、そんなことがやりたかったのだ。
今では、この会社にいて、
いやと言う程、全盲には答えられないような問い合わせがお客様からくる。
そして、勉強会などに行っても空しい思いをするばかりなのだ。
もうおしゃれに何の夢も希望もなくなってしまった。
毎日が憂鬱だ。
そして、疲れやすい。
とにかく疲れる。
会社になど行きたくない。
何もしたくないけど、寂しくて空しくてしょうがない。
一人で食べるご飯はおいしいと思えたことってほとんどないし。
どうやら4月から休職できそうだけど、何だか甘えてるようで申し訳ないのだ。
こんなことを考えているうちに本当に朝になってしまった。
ああ、寝れなかった。
あ、そうだ、今日は病院に行く日だった。
朝食でも食べないと薬が飲めない。
ええと、パンが買ってあったような気がするなあ。
1枚焼いてみた。
コーヒーは、インスタントでいいか。
野菜、野菜。
昨日吉田先生がサラダを買ってきてくれたんだった。
食べなきゃ。
テレビは、何を見ても面白くない。
OLに人気のニュース番組にしてみた。
最近のコンビニ特集とかやってた。
うわ、うちの商品。
やだなあ。
マンゴージュース、ふーんこんなの売れてるんだー。
いつも興味あるのに、食品にさえ興味が出ない。
マンゴージュースがあそこのコンビニで売ってるかもしれないとか言って、
去年の4月ごろに同じ会社のあや子と一緒に買いに行ったっけ。
あ、早く準備しないと。
もうすぐ病院に行く時間だった。
3月とは言え、今日はちょっと寒い。
「おはようございますー、吉田です」
「あ、正子先生昨日はありがとうございました」
「いえいえ。
さあ、行くわよ、車に乗って」
クリニックに到着すると、何だか今日は賑やかだった。
「やっと月曜日だよー、
日曜ってつまらないー、
今日って午前中何だったっけー?」
などという、たぶんデイケアのメンバーさんらしい声がした。
明るそうだった。
あたしは待合室で待っていた。
「青山さーん、青山アズサ様ー、1番にお入りくださーい」
今日も元気そうな先生の声だった。
「失礼します」
「あら、おはよう、
まあ座ってちょうだいよ、
で、今日は?」
と言われたので、最近のどうもまっくらになってしまうこととか、
昨日のことを話した。
「あれれー、
で、昨日大丈夫だったー?
婦人科とか行かなくても大丈夫そう?」
「それは、大丈夫なんですけど、精神的に耐えられない感じで、
何だかここんとこ安定してなかったし」
「じゃあうつの薬をちょろっといじろうか。
あと10mgくらい増やしても大丈夫だと思うのよー」
「あ、どうせ変えるなら寝る前のお薬も、
何だか朝早く起きちゃうんで」
「分かった」
先生は、さっさとコンピューターに入力していく。
「先生はおしゃれすきですか?」
「もちろんだいすきよー、
もう40くらいになっちゃうと肌も洋服もちょっといいのにしないとねえ、
まだまだ若くいたいのよ、
あたしだって」
「いいなあ、
あたしまだまだおしゃれってめんどうなんです、
大丈夫かなあ」
「会社を休職してれば治るわよ。
病状だから、大丈夫、
4月からデイケア受け入れられるように準備すればいいかしら?
いちおうこの4月から送迎を始めるのよ、
アズサちゃんどうする?」
「じゃあお願いします」
「分かりました。
じゃあ受付で処方箋貰って、薬局でちゃんと分封してもらってね、
お大事に」
「失礼しましたー」
ああ、ちょっとすっきりした。
お薬を貰って銀行に立ち寄って、
今日はパスタを食べて帰ってきた。
帰ったら眠ってしまった。
夕食を適当に食べて、
お風呂に入った。
ボディーソープで体を泡立てながらこの泡のままナオトと抱き合いたいなあなんて思って、
苦笑してしまった。
バスタブに入っても、もしナオトが一緒だったら?
って考えちゃった。
「ナオト誘ってくれないかなあ、
それともあたしが誘っちゃおうかなあ」
独り言を言ったらお風呂場に響いて恥ずかしくなった。
お風呂から出るとちょっと喉が渇いたので、
レモネードなんて作ってみた。
おいしい。
あ、そろそろ時間だ。
と思うと、家の電話がなった。
ナオトかな、だったら寝室のコードレスで話そう。
「もしもし」
「もしもしー、おれだよ、
今日は大丈夫だったか?」
「ナオト、
今日クリニック行ってきた、
いろいろ話したけど、病状だからすぐに治るってさ」
「おれはさあ、医療のこと勉強してるのに、
やっぱそういう人の本当の気持ちって分からないんだよ、
今まで会社のぐちおまえ言ってただろ?
おれもうちょっと聞いてやればよかったなあ、
おまえに頑張って欲しくてたくさん励ましたりしてごめんな」
「いいの、そんなこと」
「おれでいいの?
もっと若い男いっぱいいるだろ?」
「そんなに自分を低く評価しないでよ、
ナオトはナオトなんだから」
「ありがとな」
「ねえ、またデートしない?」
「俺は大丈夫」
「こんどの日曜日って何かある?」
「最近おまえと会わないときはけっこう家にいたんだよ、
卓球は、まじめに行ってたけどさ」
「こんどの日曜日どっか行くか」
「あのデパートに入ってる中華に行きたいな」
「じゃあそこにするか、
で、またあそこのカラオケ?
俺おまえと一番最初に行った居酒屋に行きたいなあ」
「え?あれって一番最初じゃないよ、
あそこは、8月にキスした日に行ったんだよ、
アメリカチックなとこでしょ?」
「もう2番目でも何でもいいよ、
そのアメリカチックな名前忘れたけど、おまえがすきなとこだよ」
「じゃあ予約しようかなあ」
「でもなあ、
誰か送ってくれるかなあ、
心配」
「あ、この間カズキに特訓されたよ、
カラオケとアズサおきにいりの居酒屋くらい憶えておけって、
カズキに言われてさ」
「そうなのー?
あたしは、本当の家の近所しか分からないよ、
っていうか、新しいお店とか憶えようとしてもさあ、
どうも集中力なくなっちゃって」
ナオトは、やさしい声で言った。
「今はいいんだよ」
「池袋かあ、
暫く行ってないなあ」
「おまえ礼拝出るの?」
「うん、
出てインフォメーションまで送ってもらえるかどうか聞いてみる」
「あ、そろそろ薬飲まなきゃ」
「そっか」
「まだ話したいけど、今日電話くれて何だかすっごい嬉しかった。
ねえ、言い忘れたことがあるの。
こんどさあ、ナオトと一緒にお風呂に入りたいなあって思ったりしてさ。
一緒にベッドに寝たりとか。
寝るだけじゃないけど・・・」
「うん、
恥ずかしいけど、俺はアズサが初なんだよ、
緊張するなあ。
行きたいホテルあるのか?」
「ないってことはないけど、あたしたちが入っても大丈夫そうなホテル探してみる。
他の人と入ったところは入りたくないから」
「全くアズサはしょうがないんだからー。
俺も実はおまえといろいろ想像しちゃって・・・」
「正直でよろしい、ナオト」
「じゃあこんどの久々デートは、カラオケでナオトのキスのサービス楽しみにしてるね」
「なんだよ、てれるなあ、
おまえにもすごい声出させてやるー、
もうおまえ寝るんだろ?」
「うん。
じゃあおやすみね。
「おやすみ」
日曜日のことは、明日吉田先生に電話してみようかな。
そう思いながら、飲んでいたレモネードの続きを飲んだ。
あまくて、ちょっと酸っぱくて、気分いいなあなあんて思った。
薬も飲んで、
あとはやることと言ったらそんなにないけれど、
すぐに眠れないのだ。
ゆっくりと歯を磨いた。
「白い歯で綺麗だね」
って言われたことはあるけれど、
チャームポイントまではいかないこのあたしの歯。
白い歯でいたいなあと思った。
今日の洗濯物も大丈夫だし、テレビも消すと、
辺りは静けさに包まれた。
「アズサ寝ようよ」
ってナオトが言ってくれないかなあと思いながらベッドに入った。
日曜日。
もうすぐあたしも休職期間に入る。
だけど、
やっぱり疲れちゃってるなあ。
朝は、教会員で親しくさせてもらっているチカ子さんが迎えにきてくれた。
「何だか疲れちゃった」
というと、
「アズサちゃん、
先生がよく言ってるじゃない?
礼拝は寝ててもいいって」
「最近本当疲れるの」
「ねえ、アズサちゃん、今日彼と会うんでしょ?」
「あ、はい」
「花粉飛んでるけど、すごーい青空だよ、
よかったねー、
あたしが送って行くからねー、
本当は中華料理お邪魔したいところだけどー、
今日はあたしもだんな様と温泉行くんだー」
チカ子さんは、満面の笑みなんだろうなあと思った。
37歳だけど、ちょう若い。
年齢のこと言ったら怒られちゃうけど。
教会に行って、こどもと遊んで、賛美歌を歌って、吉田牧師のお話ではちょっと
眠っちゃった。
「アズサちゃん、行こうか」
あたしがこどもを遊ばせてるとチカ子さんが来た。
車の中に入ると、ものすごい暑かった。
「うわー、もう春なんだねー」
「そうっすねー」
「ねえねえ、アズサ、今日説教中に寝てた?」
「実はちょろっと」
「ちょこっと難しかったもんねー、
あたしもさあ、昨日遅くまでこどもの礼拝の準備してたら、おとなの礼拝でちょ
っとこっくりしちゃったよー」
「あははー」
二人で笑った。
そんなことしてるうちに車を止めることになった。
「ちょっとパパ呼んでくるね」
と言ってチカ子さんは車から降りて行った。
チカ子さんのだんなさん、マサミさんが車に乗ってきた。
「アズサちゃんおはよう」
「おはようじゃないわよねえ、
アズサ?」
「あはははは」
「パパあたしたちは朝から動いてるんだからー、
さっきまで寝てた人とは違うの、
もうまったくしょうがないんだからー」
「あのー、みなちゃんはどうしたんですか?」
「温泉よりもばあちゃんのところの方がいいって。
ふられたー」
「そうなんですかー?
じゃあ二人ごゆっくりデートですねえ」
「でも、こんな二人して外出して、遊ぶことなんてめったにないのよ、
こどもができちゃうとねえ」
「おれは今日は風呂上り何飲むかなあ」
「これだもんね」
「岩盤入るんですか?」
「もちろん、
体の毒素を出さないと」
「いいなあ、
だんな様と結婚してもデートなんて」
「アズサくらいの時期が一番いい時期かもよー」
「うちらも続くのかなあ」
「まあ、かならずアズサなら幸せになれるわよ。
なれなかったら、あたしんちにベビーシッターにでもきてよ、あははははー!
さあ、到着よ」
「俺が運転した方がよかったかなあ」
「あ、運転席に回って」
「ああ、じゃあアズサちゃんこんど遊びにきてね」
「はい、何だかどうもありがとございましたー」
あたしはチカ子さんに送ってもらって無事にナオトに会うことができた。
「いるわよ、
こんにちはー」
「ああどうも。はじめまして、あのアズサをありがとうございました」
「いいのよ、
アズサ、恥ずかしがってないで」と言って、チカ子さんはあたしの右手を彼の方
に近づけたと思ったら、あっという間に、彼ときつく握手をしていた。
「じゃあ楽しんできてね」
あたしたちは、デパートのインフォメーションの人にガイドをお願いして、7階
の中華料理店に行った。
「いらっしゃいませー、
よくお友達ときてくださってるお客様ですよねえ、
今日もありがとうございます」
「ちょっと広いお席が空くまでお待ちくださいね」
と言われて、
あたしたちは長椅子で待っていた。
5分くらいだった。
「ねえ、ナオト、今日オッケーしてくれてありがとう」
いきなりこんな言葉が出てしまった。
「いきなりなんだよ」
ナオトはびっくりしているようだった。
「ここに来れて嬉しい」
「俺もだよ」
左にナオトが座っていた。
ナオトの手を握ってみた。
「冷たいよ」
「しょうがないじゃん、
っていうか人前で止めろよ」
「これくらいいいじゃーん」
なあんてやっていると、
席の用意ができたようだった。
「あたし今日はマーボー豆腐にご飯付けてもらってー、あとは棒の餃子食べない?」
「ちょっと待った、
俺が決める前にかってに決めるなよ、
棒餃子2本単位だけど、俺も食べろっていうのかよー」
「うん」
「うわー、葫臭そう」
「関係ないじゃん、
二人が食べてるんだから」
と何気ない会話がこんなに幸だなんて、思ったのは久々だった。
ナオトはずいぶん前にここに来たときに注文していたエビチリを頼んでいた。
何だかご飯物も頼んでいたみたいだし、今日はお昼からビールを飲んでいた。
嬉しいのかな。
ナオトが食べているちょっと下品だけど、かざらないところを見て、ああ、惚れ
直したなあなあんて思っちゃった。
「ナオト食器の音出し過ぎだよ」
「おまえだって人のこと言えないじゃないかよー」
「ねえ、杏仁豆腐食べたい」
「食べれば?
俺は、マンゴープリン食べるけどな」
「うーん、迷うよー」
「でも、やっぱマンゴープリンの方がおいしそう」
「あとで、杏仁豆腐食べたいって思っても知らないぞ」
「いいもーん。
コンビニかスーパーで買うから」
「分からないぞ、
ここのは本格的だからおいしいかもよー」
「もう、
そんなに迷わせないでよー」
「はい、押すよ」
ナオトが店員を呼ぶためのボタンを押した。
「はい、何かご注文でしょうかー?」
「おまえ言っといて」
「ええとー、
杏仁豆腐、あ、やっぱ止めた、マンゴープリン二つとウーロン茶二つお願いしま
す」
「杏仁豆腐じゃなくてもよろしいですか?
ここのマンゴープリンも杏仁豆腐もおいしいんですよー。
こんど来たら、ぜひ杏仁豆腐も食べてみてくださいませ」
店員が去ったあと、あたしたちは爆笑してしまった。
「マンゴープリンって言おうと思ったの。
でも、へんなタイミングで押すからまちがえて杏仁豆腐とか言っちゃったじゃな
いのー」
「俺のせいじゃないぞ」
「もう続きはあそこのカラオケで話す」
会計を終わらせて、ちょっと道に迷いながらカラオケボックスに行った。
「ここのカラオケってゲームできる部屋とかもあるみたいだよ」
「どうせうちらは、前と同じお部屋なんでしょ?」
「たぶんね」
「いらっしゃいませー、何だか久々じゃないですかー?」
「あ、そうですねー」
なあんて言いながら部屋に通された。
ドリンクを注文して、あたしたちは小さいころの話とか、ナオトに木登りを教え
てもらった話しなんかを懐かしく話していた。
まもなく、オレンジジュースとアイスティーが来た。
あたしはナオトと向かい合って座っていた。
「ちょっと移動しようっと」
あたしはオレンジジュースを持って、ナオトの隣に座った。
あたしにとっては、
そろそろ甘えたいよー、のサインなのだ。
ナオトのいる方に手を出してみる。
手があった。
握った。
ぎゅーって握った。
「おまえ握力あるなあ」
「ナオトの手を握るときだけ出る握力なの」
ちょっと甘えた声で言ってみる。
柔らかい手。
これがだいすき。
ナオトのやさしさがいっぱい詰まっている手なんだなあと思った。
「ねー」と言って、ちょっとナオトに体重をかけてみる。
「ナオトはあたしに、
「寂しかっただろ?」
と囁いて、
その声がたまらなく愛しくてあたしはナオトの顔の方に自分の顔を近付けた。
不器用な手があたしの顎に触る。
今日はお任せしちゃおうっと。
何となく思った。
ナオトの唇とあたしの唇が重なった。
軽いキスだった。
お互い恥ずかしくて。
「うふふ」
「なんだよ」
「何でもない、
ジュース飲まないとね」
レモンティーにレモン入れなさいよー」
あたしはいたずらっぽく言ってみた。
ナオトにレモンティーを飲ませてあげたいなあとか思いながら、でも、ちょっと
いじわるっぽく言ってみた。
ナオトは、本当に愛しかった。
「レモン入れてあげる。
女の子にこういうことしてもらいたいんでしょう?」
あたしと付き合う前に、こういうことに憧れてるって言われたことがある。
それを思い出したのだ。
ナオトは、あたしにもたれかかってきて、ちょっと甘えた声を出した。
かわいかった。
「べつに俺あとで入れようと思ったんだもん」
というナオトの声はすでにもう甘えていた。
あたしは内心緊張しながら、ナオトのグラスにレモンを入れた。
こぼしたらかっこ悪いなあとか思ったけど、無事に入れてストローで氷と
一緒にからからいい音をたてて混ぜることができた。
「ナオト、飲んで!
おいしいレモンティーよ」
「おまえさあ、そういうのにあわなくて笑えるんだけど」
こんどはいきなり二人で爆笑することになってしまった。
これも面白かった。
「あたしも女なんだけどなあ。
いちおう家に帰っていろいろやってるんだから」
あたしは顔が熱くなるのを感じながらも笑いながらナオトに言った。
「誰だよー。
今日はシリアルとジュースが朝ご飯だった、
なあんていうやつ」
「うわ、むかつくー。
アメリカンスタイルなの。
パパなんかそういうの多いもんねえ。
だけどー、たまにはトーストとかソーセージとかも付けたいよね、朝食って」
「俺はご飯と味噌汁がいいなあ」
「じゃあ頑張る」
「本当かよ」
あたしはナオトとの未来を想像しながら言った。
「ご飯作って味噌汁くらいはちゃんとやるもんねー、
ああ、だけど、もうちょっとできること増やさないとなあ、
お姑さんに会うのが恥ずかしいなあ」
「食べてやるよ。
輪切りが繋がってる野菜、、
で、俺の母さんも呼んで食事会でもするかなあ」
「輪切りなんて気をつければうまくなるもんねえ。
どうぞ、いつでも来てくださーい」
本当にもう少し料理をうまくなりたいなあと思った。
ヘルパーさんは来てくれるけど、もうちょっと自分でできることが増えればなあ
と思った。
ナオトと一緒になることを目標にしてから、少し料理の研究もしたんだった。
ナオトがレモンティーをおいしそうに飲んでいる。
あたしもオレンジジュースを飲む。
そして、なんとなくナオトに抱きついた。
「重いよー」
と言いながらあたしたちはきつく抱き合ってこんどは濃厚なキスをした。
ナオトがあたしの胸に触る。
「あ!」
「いやだった?」
「違うってばー、
感じちゃうじゃないよう」
こうして、あたしたちはドリンクを飲んだり、二人でくっついたり、懐かしい話
しをしたりして、本当に幸せな時間を過ごした。
「ナオト、
時間よ」
「あ、そろそろだな」
あたしたちは居酒屋に移動した。
歩いている途中ちょっといやな人に会った。
「ええとー、こっちだったよなあ」
杖を持ちながら二人で歩いていると、
「あーら、ナオト君とアズサちゃんじゃない?
どうしたのよー」
とあたしよりも二つ上のミサト先輩に会ってしまった。
ミサトさんは軽弱視で少し眼が見えるのだ。
噂によるとナオトのことが好きらしい。
そして、ミサトさんは、美人らしいのだ。
「アズサちゃん、
あんた洋服のセンス悪いわよ。
もう少しいいの着たら」
「ナオト君、
何でメールくれないのよー?」
「ミサト、
おまえは煩い、
それに、俺ははっきり断ったはずだ」
ナオトは毅然としていた。
「もう俺とアズサが行くとこ行くとこに出没するのは止めてくれ、
おまえアズサに向かって、社会性がないぞ、そういうやつは大嫌いだ」
ナオトがそういうと、ミサトさんは、
ヒールをカツカツ言わせて逃げて行った。
「アズサ、
ごめんな。
またいやな思いさせて」
「あ、ちょっととりあえずお店入る」
店に到着して、
ホールのスタッフが暖かく迎えてくれた。
あたしたちは、カップルシートの個室だ。
ドリンクを注文した。
そして、
サラダを注文して、一息ついた。
ナオトは、あたしの左がわで、横からあたしの肩を抱いてくれた。
「ごめんな、
でも、はっきり言ったからな、
俺も情けなくて・・・」
ナオトは泣いていた。
「泣かないで、
あたしあのとき嬉しかった。
ナオトがちゃんとした人でよかった。
ね?」
ナオトはあたしにキスをくれた。
温かい心がこもったキスだった。
そのあとは、楽しく食事した。
「ナオト、
ビール飲んだら?
もうさっきのことは本当にいいの。
酒飲む気分になって?」
「そうだな」
あたしは、薬が増えたからアルコールは最近飲まないけど、
ナオトに飲ませてあげたかった。
楽しく二人で飲みたかった。
「ポテト食べちゃうよ」
「あ、俺も食べなきゃ」
「ステーキ食べようよ」
ナオトがボタンを押して、いろいろと注文した。
「アズサイチゴのカクテルだったらアルコール抜きなんだろ?
注文したよ」
「あ、あたし注文しようと思ったの」
こうして、なかよく食事するのが楽しかった。
デザートも食べて、お腹いっぱいになって、自宅に帰ってきた。
ナオトと別れるときに寂しかった。
そう思いながら、
「こんどは、本当に忙しくないの?」
と言った。
「なんだよ。
信用しろよ。
来週会えるから」
ナオトが言った。
「そっか。
今月は何だかわがまま言っちゃったな」
「気にするなよ。
おまえが休職期間に入る前に1回おまえと会っておいとかないと心配なんだよ」
「ありがとう」
「そのあとは、前みたいに2週間に1回とかになるかもしれないけど、おまえの
ことちゃんと見てるから安心しろよ」
「うん。
ありがと。
じゃああたしこっちの方向だから、付いたら電話ね」
「ああ、気をつけて帰れよじゃあな」
「バイバーイ」
こんどは、ナオトと一緒にお風呂に入りたいなあとか、
裸で抱き合いたいなあとか、
てれながら考えた。
だけど、この間タカヒロと最後までいっちゃったけど、今日の方が心はぽかぽか
だった。
夜の9時を過ぎていて、家に帰るのであろう家族ずれが幸せそうだった。
そんなときに寂しくなるけど、
今日は微笑ましく見ることができた。
ナオトが本当にやさしくしてくれたから・・・。
だけど、電車の中で他のカップルを見ていると、ちょっと切なくなった。
家についてお風呂に入った。
ナオトありがとう。
本当に愛してくれてるんだね。
あたしも愛してるよ。
泡だらけになりながらナオトとのキスを思い出した。
今日はいい夜だなあと思った。
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